法華経の普門品第二十五。
「其中一人作是唱言」という一節がある。
意味は、災難に遭った時、又は、苦痛に苛まれた時に
其の中の一人が「南無観世音菩薩」と唱えると、観世音菩薩が直ちに救いの手を差し伸べる。
皆が救われ、悩みから解放される、といった内容。
種田山頭火は、この「其中一人」 を自分に置き換えて
その一人が住む庵ということで、「其中庵」となる。
以上、山口市教育委員会の「其中庵のいわれ」の案内板からの要約。
新山口駅の北口から、 県道214号線を禅定時山へと向かう。
国道9号線を横断して、緩やかな坂道を登っていく。
徒歩で約20分程度で到着。
▲ 俳人 種田山頭火 其中庵
1932年(昭和 7年)~1938年(昭和13年)の間、山頭火が住んだ庵。
多くの人々の手助けにより、こちらに住むことになる。
酒に纏わるエピソードは数多だけれど。
小郡の人々の間では「几帳面な人」というのが一般的な人柄だった。
▲ 其中庵の中
一人暮らしには、充分な広さ。
小高い場所で、見晴らしも良い立地。
こちらで、様々な思索に耽ったのだろう。
そこから、少し上がった場所には、休憩所。
▲ 其中庵 休憩所
入り口には、句碑がある。
内部に小郡での人々との写真パネルが少しあり、広い座敷が用意されている。
きちんと清掃の行き届いた休憩所。
もちろん、トイレもありました。
節電に協力しながら、電気の点灯、消灯は各自です。
とても素晴らしい公共施設。
その足で、山口市小郡文化資料館に立ち寄り、種田山頭火の関連品を観覧。
『其中庵時代の山頭火』
(監修:川島 条 筆者:有松 陽子 発行:山口市小郡文化資料館)
上記の冊子を、帰り際に受付で購入。
種田山頭火に、どっぷりと浸った一日。
俳句についても、知識を深めていきたいな、と思いました。
「其中一人作是唱言」という一節がある。
意味は、災難に遭った時、又は、苦痛に苛まれた時に
其の中の一人が「南無観世音菩薩」と唱えると、観世音菩薩が直ちに救いの手を差し伸べる。
皆が救われ、悩みから解放される、といった内容。
種田山頭火は、この「其中一人」 を自分に置き換えて
その一人が住む庵ということで、「其中庵」となる。
以上、山口市教育委員会の「其中庵のいわれ」の案内板からの要約。
新山口駅の北口から、 県道214号線を禅定時山へと向かう。
国道9号線を横断して、緩やかな坂道を登っていく。
徒歩で約20分程度で到着。
▲ 俳人 種田山頭火 其中庵
1932年(昭和 7年)~1938年(昭和13年)の間、山頭火が住んだ庵。
多くの人々の手助けにより、こちらに住むことになる。
酒に纏わるエピソードは数多だけれど。
小郡の人々の間では「几帳面な人」というのが一般的な人柄だった。
▲ 其中庵の中
一人暮らしには、充分な広さ。
小高い場所で、見晴らしも良い立地。
こちらで、様々な思索に耽ったのだろう。
そこから、少し上がった場所には、休憩所。
▲ 其中庵 休憩所
母よ うどんそなへて わたくしもいたゞきます
入り口には、句碑がある。
内部に小郡での人々との写真パネルが少しあり、広い座敷が用意されている。
きちんと清掃の行き届いた休憩所。
もちろん、トイレもありました。
節電に協力しながら、電気の点灯、消灯は各自です。
とても素晴らしい公共施設。
その足で、山口市小郡文化資料館に立ち寄り、種田山頭火の関連品を観覧。
『其中庵時代の山頭火』
(監修:川島 条 筆者:有松 陽子 発行:山口市小郡文化資料館)
上記の冊子を、帰り際に受付で購入。
種田山頭火に、どっぷりと浸った一日。
俳句についても、知識を深めていきたいな、と思いました。
2015年 3月
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