乃木希典(1849~1912年)の時間軸

1875年(明治8年)12月

九州地方を管轄する熊本鎮台の小倉を受け持つ

「歩兵第14連隊長心得」に任じられ、現在の福岡県北九州市小倉に赴任。


1887年(明治20年)1月

政府の命令によって、同じく陸軍少将の川上操六とともにドイツ帝国へ留学。

1888年(明治21年)6月10日。

帰国。


森鴎外(1862年~1922年)の時間軸

1884年(明治17年) 10月

衛生学とドイツ帝国陸軍の衛生制度の調査のためドイツ帝国へ留学。

1884年11月22日~1885年10月11日 ライプツィヒ。
1885年10月11日~1886年3月7日 ドレスデン。
1886年3月8日~1887年4月15日 ミュンヘン。
1887年4月16日~1888年7月5日 ベルリン。

1888年(明治21年)9月8日

帰国。

1899年(明治32年)6月

軍医監(少将相当)に昇進。

現在の福岡県北九州市小倉に第12師団軍医部長として赴任。



乃木希典は、小倉、ドイツ。

森鴎外は、ドイツ、小倉。


時間が重なり合うのは、ドイツの乃木希典の留学期間中。

この頃に知り合い、その後、親交を深めた二人。


その時、森鴎外が後に

小倉に住むことになるとは誰も思わなかっただろうけれど。


現在の福岡県北九州市小倉北区。

リバーウォーク北九州。

そこに石碑がある。


乃木希典居住宅の跡
  ▲ 乃木希典 居住宅の跡 石碑


 明治8年12月19日~明治10年2月13日。

着任から西南の役に出動するまで居住した跡。


大体の位置は、こちら。

近くに、地図もありました。


福岡県北九州市小倉北区リバーウォーク北九州 地図
  ▲ リバーウォーク北九州沿いの路上にある地図


先日、紹介した森鴎外の文学碑からも近い所。

この二種類の地図の左側には

文学碑にも書かれてあった常盤橋の場所も。


石の橋(勝山橋)の一本北側の橋。

木の橋が常盤橋。


ぶらぶら散歩をしていると

思わぬ偶発的な繋がりがあるので面白いですな。




2015年 4月