1884年(明治17年)

23歳の新渡戸稲造は「サン・パブロ号」に乗船。


渡米。

ペンシルバニア州のアラゲイニー大学に入学。


しかし、直ぐに辞めて

メリーランド州のジョンズ・ホプキンズ大学に入学。 


この分岐点には、ある人物が存在する。


佐藤昌介
1856年(安政 3年)~1939年(昭和14年) 
岩手県花巻市出身。植民学者、農政学者。
札幌農学校第一期生。
日本初の農学博士の一人。
北海道帝国大学初代総長。

クラーク博士から直接、その薫陶を受けている人物。


1876年に創立のジョン・ホプキンス大学に、1883年から留学。

アメリカにやってきた新渡戸に自分の通っている大学を推薦した。


新渡戸稲造は、佐藤昌介のことを兄のように慕っていたようだ。


佐藤昌介像
 ▲ 佐藤昌介像(北海道大学内)


北海道大学を訪問するまで、まったく知らなかった人物。

この時、胸像の隣に、案内板があり、概要を把握した程度。


その後、新渡戸稲造関連の書物を読んでいると、頻出してくる。

しかも、佐藤昌介自身も、めちゃくちゃ凄い人。


まあ、だって、あの新渡戸稲造が、兄のように慕う人物ですからね。


佐藤昌介像 案内板
 ▲ 佐藤昌介像の案内板


1886年、札幌農学校教授。
1894年、札幌農学校校長に就任。
1907年、東北帝国大学農科大学学長に就任。
1918年、北海道帝国大学が発足され、同大学の総長に就任。

帝国大学への昇格に尽力したことから、「北大育ての親」とも呼ばれる。


札幌農学校の卒業生は、凄い人ばかりですな。

新渡戸稲造の同級生には、内村鑑三も、宮部金吾もいますしね。